コラム

プラカード持ちのアルバイト(新書『奨励会』の補足)

新書『奨励会』より

新書「奨励会~将棋プロ棋士への細い道~」のp5から引用します。

 私にとってここ2、3年は大変だった。小説の印税、賞金が尽きたので働かざるを得なくなった。街頭でプラカードを持ち、弁当工場で飯を押し、文字単価0.5円でネットに匿名のゴミ記事を書いた。村上春樹は作品内で雑誌の雑文ライターの仕事を「文化的雪かき」と表現したが、私のそれは純粋なるゴミのばら撒きだった。

この部分を含むコラムに関しては、

藤井聡太五段を見たときに感じる「口の奥の苦み」——プロ棋士を目指した“元奨”作家が振り返る「機会の窓」かつて、同じ夢を見ていた。(ねとらぼアンサー連載コラム「15年後の感想戦」第一回)

で全文読むことができますので、ご興味がありましたら是非ご一読を。

プラカード持ちのアルバイト

 で――。
 今回の補足は「街頭でプラカードを持ち」という部分です。
 私は2冊目の小説「サラは銀の涙を探しに」を書き終えた後、次の作品がなかなか書けませんでした。
 そこで環境を変えればサクサク書けるようになるのではないかと、関東圏で一人暮らしを始めたのです。
 ですが、住む場所を変えたからと言って仕事が捗るわけではありません。
 逆に麻雀を一年に2000半荘鬼打ちしてしまい、再び人生を投げ捨てる状態になってしまったのでした。

 貯金が尽き始めた頃に始めた仕事のひとつが「プラカード持ち」だったのです。
 私がやったのは不動産屋のプラカード持ちでした。モデルルームや売り出し中の新築マンション、新築一戸建てと駅の間の場所でプラカードを持ち、道案内をするというものです。
 案内とは言いますが、お客さんとお話をすることはほとんどありません。
 雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、とにかくプラカードを持って突っ立っていれば成立する仕事でした。

厳しい実質時給

 私が登録していた会社は、時給1000円1回6時間交通費なしという条件でした。
 交通費と昼食代で毎回1000円~1500円は必要でしたので、実質時給を考えるとかなりしょっぱい仕事です。
 会社のHPを見ると、不動産屋に対しては一人1万2000円~みたいな感じで営業をしていましたので、5割くらいはねられている感じですね。
 ただ、不動産屋と直接契約をしてプラカード持ちをしたとしてもあんまり時給が上がらない――というのが日本の派遣の不思議なところでもあります。

 同じ現場で働いていたプラカード持ちには色んな人がいました。
 住宅ローンを抱えながらも病気で前の会社の退職を余儀なくされたとにかく玄米食をすすめてくる元大学ラガーマン。
 平日は工場で働き、休日はプラカード持ちをしている、ももクロの追っかけの青年。
 会社の仕事が少なくなって残業代が出なくなったから――と自分がここにいる理由を話すサラリーマン。
 今考えてみると面白い人達でしたね。

おかしくも哀れな事故情報

 会社からはメールで仕事情報や事故情報が届きました。
 事故情報というのは、「プラカード持ちをしながらずっとスマホをいじっている者がいた」「ティッシュ配りのティッシュを全て捨てて帰った者がいた」「休憩時間が過ぎているのに戻らない者がいた」というような、バイトのよろしくない行為を伝えるものです。
 そんな事故情報の中にこんなものがありました。

<事故情報>
プラカード業務に当たる者が、業務中に抜け出して近くのスーパーの試食コーナーで食べまくり、スーパーからクライアントにクレームが入った。

 実際の文章では社会人として信じられない!という書いた人の怒気が強くこもっていました。(特定してしまわないように上記の文章は省略&柔らかく変えています)
 メールが届いた時は、バイトの人達と一緒に笑っていました。
 クライアント(不動産屋)にクレームが入るレベルの試食の食べ方ってどんなんだよ!って感じです。特に文中の「食べまくり」がツボでした。

 ただ、冷静に考えるとかなりきつく、笑えない話です。

食い詰めてしまい、簡単で楽そうなプラカード持ちの仕事に就いたものの、手元に昼食を買える金もなくお腹が空いて我慢ができなくなってしまう。衝動的にスーパーの試食コーナーに行き食べまくっていると店側から嫌がられてしまった。それだけではなく後をつけられ、プラカード持ちのバイト中であることを突き止められ、クライアントに電話を入れられてしまう。そのことが派遣会社にも告げられ即刻クビに。もしかしたら、イメージを損なったということで罰金を求められたかもしれない――。

金がないのは辛いことだ

普通の状態では気づきにくく、共感しにくいことなのですが、お金がないということは本当に辛いことです。体にも心にも余裕がなくなり、新しいアイデアを生み出す気力が奪われ、目先の数日を生きることだけに精一杯になってしまいます。

 当時の私にとっても他人事ではありませんでした。

 これから作品を書いていく上で、この頃の気持ちは忘れないようにしたいです。