コラム

中小出版社の制作事情(マイナビ出版と僕)

マイナビ出版と僕

『奨励会~将棋プロ棋士への細い道~』出版への短い道

2018年3月19日に『株式会社マイナビ出版』の編集者から執筆依頼のメールが届いた。奨励会を題材にしたものを一緒に作りたい――という内容であった。

当時僕は「ねとらぼアンサー」で「15年後の感想戦」という連載を始めていた。第一回の『藤井聡太五段を見たときに感じる「口の奥の苦み」――プロ棋士を目指した“元奨”作家が振り返る「機会の窓」』が多少バズったこともあり、編集者の目にとまったということなのだろう。(ネットで注目記事を書いたり、ツイッターがバズったりすると出版依頼がくるご時世になっている)

マイナビ出版はアマ強豪やアマ研究者にも執筆依頼を出すフットワークの軽い会社である。これは将棋だけではなく、麻雀本の出版にも共通することだ。(麻雀本の場合、麻雀プロが筆者であるとタレント本的になり、アマのものだと研究書的になる)

1ヶ月で初稿完成!

3月19日に依頼があり、初稿が上がったのは5月7日だった。大まかな内容の決定、現役奨励会員への質問票作成と回答待ちの時間もあったので、実質1ヶ月の執筆期間で完成したことになる。

なかなか小説を完成させられずにいる僕にとって、一冊を1ヶ月で仕上げるというのはかなり早いペースだ。「15年後の感想戦」がベースになっていたこと、自分の経験を書いたこと、エッセイ・コラム調の文章であったこと――などが早く仕上がった理由だろう。

低コスト

マイナビ出版は株式会社マイナビという大企業の傘下にあるが、中小出版社に分類できると思う。ものによるとは思うが、書籍制作に大きなコストをかけないというのも特徴だろう。

『奨励会~将棋プロ棋士への細い道~』に関して後悔があるとすれば、現役奨励会員の取材にもっと時間と予算を割くべきだったということだ。質問票を数人に出して答えてもらう――というだけでは彼らのリアルに迫れたとは言えない。少なくとも10人ぐらいと直接会って、それぞれ1,2時間話を聞くというような手間をかけるべきであった。(個人的に予算に余裕ができれば、今後そのような取材を行いたいと考えている)

自由度が高い

僕の場合、企画から出版まで編集者からの改稿指摘がはほぼなかった。他の出版社の場合、企画の段階、編集者の段階、校閲の段階などでかなり指摘が入るのでそのギャップに驚いた。小説と新書の違いもあるとは思うが、出版社による違いも大きいのではないだろうか。

筆者が自由にやれるということにはメリット・デメリットがある。自由放任は品質のムラを生むのだ。筆者の能力がかなりダイレクトに反映されるので出来不出来が激しくなる。読んだ将棋書籍がかなりまともと感じるならば、それは棋士やライターの能力が高いのである。

校閲がない!

校正・校閲の専門家がいないというのも中小出版社の事情である。マイナビ本の誤植の多さは以前から感じていたことであったが、やはり何事にも理由があったのだ。著者・編集者だけのチェックでは必ず漏れが出てきてしまうものだ。

僕の場合、家族にも見てもらったが、効果があったかは難しいところだ。個人で外部に校正・校閲依頼を出そうかとも考えたが、下手すると初版印税のかなりの部分を使ってしまうことになる。結局、自分で何度もチェックするしかなかった。

依頼から3ヶ月で出版

かくして、2018年3月19日に執筆依頼された本書は、6月30日に発売された。依頼から3ヶ月半程度。これが新書のスピードということなのだろう。

客観的に自分の新書を評価すると、「中の上」ぐらいではないだろうか。傑作とは言わないが、ただの情報の羅列ではなく自分の視点・経験を語っている。小説家による将棋界・奨励会についての文章――の最低限は満たせているのではないかと思う。

マイナビ出版とのやりとり

出版社が事件を起こした時

6月30日にマイナビ出版から新書を出版したが、1ヶ月後の8月3日にあるDMが届いたことで事態が変わっていく。

アマチュア将棋研究者のsuimon氏(@floodgate_fan )から相談を受けたのだ。その事情に関しては『第一回「パクりをめぐる経緯と論点」① 経緯』に詳しく書いている。

プロ棋士の千田翔太六段がsuimon氏の『コンピュータ発!現代将棋新定跡』(マイナビ出版)に対しパクりであるとクレームを入れ、suimon氏が否定しているにもかかわらずマイナビ出版が自社HPにおいて「詫び文」を掲載した――という事件である。

僕はこの時のマイナビ出版の対応があまりにもひどかったために抗議することにした。大々的にやる前に、マイナビ出版の担当者にメールを送っている。

2018年8月の執筆停止メール

○○さま
お世話になっております。

新書第2弾に関して現在執筆作業を停止しております。
これは「現代将棋新定跡」における千田翔太プロの行状とマイナビ出版・マイナビ株式会社の対応に疑問を持っているからです。
○○さまをはじめ、マイナビ出版の編集の方々が板挟みの中で苦労されていることは理解しています。
しかし、マイナビ本社が本件に関して誤った行動と解決に至った場合、私は小説家として、将棋界の末端に連なる者として、一人の社会人としてマイナビ株式会社に対する徹底的な批判を行うつもりです。

そうした状況に陥った場合、新書第2弾の進行は互いに難しくなるのではないかと考えます。第1弾と比べてライターの代替は利く内容ではないでしょうか。
もうしばらくしてマイナビ本社の結論が出ることで、共に仕事をしていけるかが決まります。なので、一定の結論が出るまで作業を停止しております。
また結論を出すまで相当の時間がかかり、出版計画に支障をきたす可能性がある場合はやはり他のライターの方に依頼されるなどの手を打たれたほうがよいのではないかと思います。

なお、事態がどのように進展した場合でも、千田翔太プロの本件における行状は三浦九段冤罪事件時における彼の行状と共に問題提起させていただきます。
板挟みとなっている○○さまの心労は理解しますが、私による批判・提言は長期的には必ずマイナビ出版社の利益になると信じております。

以上、よろしくお願いいたします。

橋本長道 拝

(2018年8月28日送信のメール本文、担当者の名前は伏せ字にした)

これに対する返信が以下だ。

橋本様

お世話になっております。マイナビ出版の○○です。

状況承知しました。

私も現時点ではなんとも言えないところです。

取り急ぎ、執筆を停止している件については承知いたしました。

(2018年8月28日の返信メール、担当者の名前は伏せ字にした)

この担当編集者は後に『現代将棋新定跡をめぐる問題』に関して、部下の尻拭いをすることになる。(まぁ、全然拭えてないんですけどね)

これ以降、僕とマイナビ出版との間にやりとりはない。

ヒラメ社員

担当編集者は日本の最高学府を出ており、過去の将棋本企画においても優れたものを出している。ただ、『奨励会~将棋プロ棋士への細い道~』制作のやりとりの中で感じたことなのだが、どうも社長の意見には逆らえないらしい。内容は著者に一任されているが、その他のことは社長の一存で決まっていくように感じた。

僕は『現代将棋新定跡をめぐる問題』を批判する中で、マイナビ出版代表取締役の滝口直樹氏に名指しで改善を求めている。これが滝口直樹氏にとっては気に食わなかったのかもしれない。でも、この事件の最終的な責任者は滝口直樹氏だ。千田翔太六段の暴走を止める権力があるのは彼ぐらいだった。

マイナビ出版にはマイナビ新書(@MYNAVI_SHINSHO )というアカウントがある。よく意識の高いツイートのRTを行っているが、自分たちをかえりみたらどうか。

光速の干し

suimon氏に関してはマイナビ出版に全面的に非があったわけで、担当者・上司達が東京から直接謝罪にいったようだ。マイナビ出版は著者を一切守る姿勢をみせず、有力棋士の感情に忖度してしまったので当然のことである。

一方、マイナビ出版は、僕に関しては、第三者のくせに問題を大きくして自分達が謝罪する羽目になった――ということで恨んでいるんじゃないかと思われる。こういうのを「逆恨み」という。

千田翔太六段がマイナビ出版の大半の稼ぎを出しているというならわかるけど、そうじゃない。(たとえば、宗教書が売り上げの大半を占める出版社ではその宗教に逆らえないってのは理解できる)千田翔太六段は棋士で、『将棋世界』(日本将棋連盟発行/株式会社マイナビ販売)で連載を持っている。内々でおさめとけよ。

マイナビ新書や将棋情報局は、既に『奨励会~将棋プロ棋士への細い道~』に触れないようにしている。

3月:執筆依頼

5月:初稿

6月:発売

7月:重版

8月:干し

という、光速の干しであった。

まだ重版分印税をいただいていないので、それだけはくださいね。(おそらく半年毎に支払いで、今月入るんじゃないかなーと思う。ムカつくからって不払いはダメだよ)
初版部数、印税に関してはまた別のところで書こうと思う。

著者を大切にしない出版社

suimon氏に対してもそうだし、僕に対してもそうなんだけど、マイナビ出版がこれほどまでに著者を守らない会社だとは思わなかった。他に付き合いのある出版社の常識とは違い過ぎでびっくりした――というのが正直なところだ。

将棋界のネット事情

将棋ブロガーにとってのマイナビ出版

将棋ブロガーにとってマイナビ出版の将棋本は二重の意味で大切だ。ひとつは本自体をネタに記事を書けること、もう一つは広告を貼り付けてのアフィリエイト収入になること。(まぁ、Amazonの料率で利益が出るのかは微妙だけど)

というわけで、将棋でネットビジネスをしていこう――という人達はマイナビ出版を批判しにくい構造にある。suimon氏はマイナビ出版との和解後、積極的にマイナビ本のレビューを行っている。suimon氏自体が元々マイナビ将棋本の大ファンであったというのと同時に、将棋ブログを一つのビジネスとして考えた時にブックレビューは欠かせない情報ということになる。(suimon氏を支援したい場合、彼のブログを閲覧する、彼のブログ経由で将棋書籍を買うなどの方法がある)
suimon氏に関しては、マイナビ出版でも何でも利用してより大きな影響力を持つようになって欲しいと思う。

マイナビ出版には人気棋士達の出版も多く、棋士のファン達はマイナビ出版を批判しない傾向にある――というのがネット将棋界の現状だ。

観る将の一部にある偏り

『観る将』現象は将棋界を活性化させた非常にポジティブな現象であったが、一部の観る将に大きな偏りを感じるのも事実である。

切実にそれを感じたのは、やはり『現代将棋新定跡をめぐる問題』においてだった。

当時、ツイッターで相互フォローしていたアカウントがあった。そのアカウントは毎時間ごとに棋士についての楽しいネタを振りまいており、小規模ではあるが観る将のインフルエンサー的な役割を果たしていた。

そのアカウントは『現代将棋新定跡をめぐる問題』が表に現れた頃、興味深げに千田翔太六段のツイートを取り上げていた。まぁ、疑惑が持ち上がった時にそうした反応をするのは自然なことであると思う。しかし、千田六段の旗色が悪くなり始めると一切言及をやめてしまった。そして、千田六段を擁護し、suimon氏を責めるようなツイートばかり「いいね」を付け始めたのである。直接の関係で問題がないのに、相互からフォローを外したのはこれが初めてだった。

一見明るい将棋インフルエンサーの心にある闇を垣間見た気分だった。

観る将の一部の人達は「棋士のファンであること」が最大のアイデンティティとなっており、棋士がおかしなことをした場合でも擁護するか、なかったことにする傾向にある。「三浦九段冤罪事件」でも同じような現象がみられた。「ファン心理」という一言で片付けられるものではあるが、行きすぎると長期的には将棋界の行方を歪めることになりかねない。

力こそパワー

僕自身については、SNS上で観る将の支持は得られないだろうなと思っている。将棋関係の文化人・クリエイターに求められることは、ひらすらに棋士を褒め、将棋を称えることである。商業的にコミットする場合、この戦略が絶対に正しい。(僕の周囲のクリエイターさんは自然とこの戦略をとっている。正しいし、素晴らしいので応援している)

ただ、『現代将棋新定跡をめぐる問題』のように平然と不条理が行われている時にどうするかという問題は常につきまとう。かつて同じような出来事に突き当たったとき、外部のクリエイター達は黙って将棋界を去ったのだと思う。

ということで、小説を頑張ろう!といういつもの結論に至る。将棋関連題材の依頼を受けているけれど、それ以外の小説でもなんとかしていく必要がありそう。

なんだかんだ言って『力こそパワー』な世の中である。『現代将棋新定跡をめぐる問題』でも僕ではなくもっと影響力の強い人がコミットしていたら、こんな経過は辿らなかっただろう。

信念のない出版社と付き合うと厄介なことになる。作家・クリエイターはよくよく肝に銘じておく必要がある。