将棋

『勝負師』(内藤國雄×米長邦雄/朝日新聞社)感想

『勝負師』(内藤國雄×米長邦雄/朝日新聞社)


『勝負師』(内藤國雄×米長邦雄/朝日新聞社)を読みました。初版は2004年なので、古本で入手したり、図書館で借りたりする必要がありそうです。僕は地元の図書館で借りました。将棋棋士の内藤國雄先生と米長邦雄先生の対談本です。

内藤先生も米長先生も芸達者で喋り上手。読みどころはたくさんあるのですが、僕には大山康晴先生関連の話題が印象に残りました。

内藤 大山名人とは、そういう不愉快な思い出がいっぱいあるけれども、不思議なことにぼくはいま、精神状態がいいか、将棋の調子がいいかどうかを確かめるときに、「大山名人を尊敬しているかどうか」を自分の心に問うんですよ。そうするとはっきりと、調子のよしあしがわかるんです。

(中略)

内藤 大山さんは勝負には辛い人だったけれども、普段はおもしろいところもあってね。「内藤さん、坂口八段(当時)が自分のことを勝負師と言っているけど、あの人は、いつも負けているから『負師』じゃないのかね」なんて(笑)。「勝ったり負けたりしなきゃ勝負師じゃないよね」だって。

引用:『勝負師』(内藤國雄×米長邦雄/朝日新聞社)p105、106より

この辺りは面白エピソードですが、「ぼくは、大山名人にとって将棋は宗教だったのではないか、と思うんです。(内藤)」といった一流の人間分析も掲載されています。

勝負では盤外戦術を含めて大山先生に煮え湯を飲まされ続けてきた内藤先生ですが、それでも尊敬したい――という相反する気持ちの中で面白い表現がたくさん出ていましたね。

内藤先生と米長先生は生涯を通じて良好な関係を保ったようです。

将棋世界2013年3月号(米長邦雄追悼号)で内藤先生は真正直に書かれています。

連盟に公益法人の話が出たあたりから彼の言動が理解しにくくなり、連盟が米長一人に振り回されているように見え始めた。「棋界のナベツネになる。死ぬまで会長だ」そう米さんが宣言したという噂が流れてきた。握った権力は一生離さない。これは権力者の陥る通弊だ。もう握手はできないと思った。
そんな頃、さわやかな声で電話を貰った。(以下略)

引用:将棋世界2013年3月号p45「中身の濃い人生でしたね 内藤國雄」より引用

長い文章の中、この部分だけ米長批判を行っています。それでも全文読んだ時に、嫌みを残さず、米長先生を上げる追悼文になっているのは流石でした。内藤先生の書かれる文章には品がありますね。長い人生を通しての男同士の友情に関して考えさせられるものでした。

人間米長邦雄に関して、僕はどう評価していいものか迷うところがあります。棋士としての米長邦雄、政治的人間としての米長邦雄、性的人間としての米長邦雄、宗教的人間としての米長邦雄、連盟会長としての米長邦雄・・・・・・あまりにも多岐にわたり、様々な顔をのぞかせるからです。

 

僕自身は、第24回将棋ペンクラブ大賞授賞式で初めて米長先生と顔を合わせました。

米長先生とは授賞式までの待ち時間に、

「将棋は楽しいですか」
「は・・・・・・はい」

という短い会話を交わしただけでしたけれど――。

その頃の米長先生は癌が進行していたようでどこか虚ろでふらふらとされている様子でした。それでも壇上に登ると見事なスピーチをされていました。

毀誉褒貶はありますが、大きな人物ではあった――といったところでしょうか。人間米長邦雄の全てを描き出すような文芸作品があれば読んでみたいですね。