コラム

イトシンTVで対局した(3)見かけの老獪さに価値はない

前回のあらすじ

序盤での▲7八金をイトシン先生にとがめられそうになったけど、エルモに囲ってイェイイェイ!な橋本なのだった。

前回記事:イトシンTVで対局した(2)エルモを巡る冒険

前回終了図
(図3)

老獪さは時に自らの首を絞める

分岐点1

(図3以下の指し手)
△同 歩▲同 銀 △3五歩 ▲同 歩(図4)
(図4)

△5五同歩では△5三金も考えられるところ。ただ、金が離れるとエルモに堅さ負けしてしまう恐れがあります。

図4での▲3五同歩がどうだったか?

確かに落ち着いた手ではあるのですが、攻める意志や勢いが感じられません。▲3五同歩では▲4四銀が勢いのある手でした。もちろん、△6四角~△4二飛の捌きはあるのですが、エルモの堅さを信じるならば歓迎の展開でした。

分岐点2

(図4からの指し手)
△同 飛 ▲3六歩 △3二飛▲7七角 △5六歩 ▲4六銀(図5)

(図5)

イトシン先生は放送で僕の▲7七角~▲4六銀を見て強い人と悟られたようです。確かにこういう落ち着いた手は、10秒将棋で級位者が指せる手ではありません。この2手は心の中で正座した僕の中の小さな棋士が指させたものでしょう。

渋く、格調高く指す――。

しかし、▲7七角や▲4六銀では、イトシン先生が呟かれていた▲5四歩が本筋の一手でした。せっかく五段目まで活用した攻めの銀をここで退却させるようでは調子がおかしいのです。

見かけの老獪さに価値はない

将棋では老獪な落ち着きをみせるよりも、真正面から馬鹿正直にぶつかっていったほうがいい局面があります。恋愛や営業、その他人生における出来事と同じなのです。

なぜ主導権を握れる局面で相手に手を渡してしまったのか。なぜ無邪気に攻めることを恐れたのか――。

この辺りに僕の人生や将棋に対するこじれのようなものが見えてきそうです。

10秒将棋、相手はプロ棋士。そして絶好のチャンス球がやってきた。

ゆっくりと見送る僕。

かの大山康晴は「最初のチャンスは見送れ」などと言ったそうですが、それは名人クラスでのお話。僕達凡人の人生にわかりやすいチャンスが訪れることは滅多になく、それが目の前をよぎった時には食らいつくようにして獲りに行かねばならないのです。

差し出されたチャンスを呆然と見送るさまは、小説家デビューしてからの自分そのもの・・・・・・。

奨励会でどのように戦うかは人それぞれだ。私は奨励会に入会した頃、心がけていたことがひとつある。それは「とにかく先に攻める」ということだった。(中略)ほとんど勢いだけであったが、この方針は比較的うまくいった。

引用:「奨励会~将棋プロ棋士への細い道~」(橋本長道/マイナビ新書)

15歳の頃の気持ちと勢いで将棋が指せたなら・・・・・・。人生に向かい合えたなら・・・・・・。

藤井聡太五段を見たときに感じる「口の奥の苦み」――プロ棋士を目指した“元奨”作家が振り返る「機会の窓」(ねとらぼ連載コラム第一回)

ごちゃごちゃ書いていますけど、真正直に攻めてりゃよかった――というお話でした。

ここからはイトシン先生ペースで局面が進んでいきます。次回は一瞬だけ訪れた勝負手のチャンス! 橋本は捉えることができたのでしょうか。

(つづく)

次回:イトシンTVで対局した(4)イトシン先生の華麗な攻めと幻の勝負手

参考:
四間飛車vsエルモ囲い右銀急戦 将棋ウォーズ実況 第21回/イトシンTV

本の紹介:著者が経験した「奨励会」について解説している新書です